広島高等裁判所 昭和43年(う)233号 判決 1969年6月26日
被告人 金谷恒之 外一名
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一〇月に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意は広島地方検察庁検察官検事高橋泰介作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人新谷昭治提出の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
所論は、原審は、「被告人は昭和四二年一一月一二日、広島市皆実町一丁目四番先の中国財務局長管理にかかる国有地(同町B七五ブロツク一―一ロツト)約三〇、七四平方メートル内に、自己所有の約二〇平方メートルの木造平屋建バラツク一棟を無断で隣接地より移転させて設置し、もつて右国有地を侵奪したものである。」との公訴事実に対し、被告人の本件行為は、新たな占有の開始ではなく、かつ、右土地占有は一時使用の域を出ず、被告人には不法領得の意思もなかつたものと解せられ、結局本件公訴事実については、犯罪の証明がなかつたことに帰するとして、無罪の言渡しをしたが、原審の右判断は、証拠の取捨選択ないし価値判断を誤つた結果事実を誤認した違法がある、というのである。
よつて、記録ならびに当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、証拠(略)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。
被告人は、昭和三二年頃広島市比治山本町字亀島一三四二番地所在の国有地(戦前旧陸軍船舶通信隊軍用地で昭和二〇年一一月一日大蔵省所管の「普通財産」となり中国財務局長が管理するもの)の西端部分の一部と、これに隣接する同市皆実町一丁目四番地所在の国有地(建設省所管の「行政財産」で広島市が管理するもの)東端に設置してあつた公共下水溝(溝渠)の上を一括利用して、当時営んでいた椅子の修理販売の出店を設けるべく、右各土地がいずれも国有地であることを知りながら、右両地にまたがり木造二階建板壁トタン葺建物(一階二三、九六平方メートル、二階九、九一平方メートルのバラツク建物)を無断で建築して、右各国有地の不法占拠を始め、当初は右建物を店舗として専用していたが、昭和三四年頃からは妻子ともども移住して、右建物を住宅兼店舗として使用していた。その後、広島市平和記念都市建設土地区画整理事業(以下「土地区画整理事業」という)に伴い、前記比治山本町字亀島一三四二番地の大蔵省所管の国有地は、昭和三六年五月二九日仮換地指定処分により、減歩のうえ広島市皆実町一丁目B七五ブロツク一―一ロツト七三八四、六二平方メートルの現地換地となる一方、被告人が占拠している国有地の内前記大蔵省所管の国有地部分は市道敷に編入せられ、前記建設省所管の国有地(公共下水道敷地)とともに、市道三区一二六号線道路予定地となり、土地区画整理事業施行者(広島市長)は、被告人が占拠している国有地一帯の公共下水溝を埋め立てて道路を拡張する必要から、被告人に対し昭和四二年七月五日までに建物を収去して立退くよう通告し、さらに、同年一〇月一〇日頃立退期限を同年一一月二五日とし、応じない場合には強制執行する旨の最終通告をなした。被告人は、最初の立退通告を受けた頃から、占拠国有地の東側に隣接する前記大蔵省所管の皆実町一丁目B七五ブロツク一―一ロツトの国有地内西端部分の防火用水槽埋立跡地に移築することを得策と考え、右国有地の管理にあたる中国財務局との間で種々右水槽埋立跡地の貸与方を接渉したが、国有財産の新たな貸付は許さないとする財務局側の強い態度に遭つて目的を達することができず、一方、不動産業者や知合を介しての移住先の物色も値段の点で意の如くならず、また、土地区画整理事業施行者から移転先として提供された仮設住宅も、交通不便で居住期間が六ヶ月の短期間であることを理由に入居をことわり、移転先のあてのない儘過ごしていたが、思案のあげく、右防火用水槽埋立跡の国有地に既存の前記建物を移築し、しかる後再度財務局と交渉した方が有利に事を運べるものと考え、また、払下げ若くは貸与が不可能のときは該土地に居れるだけ居坐るという考えのもとに、立退期限の切迫した同年一一月一二日、被告人ら親子四人がかりで、前記建物のうち奥行二、七五メートル、間口三、七七メートルの平家建部分の奥行と間口を逆にして、前記水槽埋立跡地の地上に露出する水槽コンクリート枠上北側部分に、二階部分九、九一平方メートルを切り落して、これを横倒しにしたうえ右水槽コンクリート枠上南側部分にそれぞれ移動させ、両者を接合して平家建バラツク一棟(面積一九、八二平方メートル)を移築し、その敷地部分三〇、七四平方メートルを占拠した。右移築建物の構造は、前記のごとく、コンクリート製防火用水槽を建物外周の土台に使用し、土台に古材を渡して底床を釘づけして固定し、屋根はトタンで葺き、建物の柱は約一メートルの間隔をもつて四―五センチメートル角のたる木が使用され、これに古材板若くはトタンを打ちつけて外壁となし、天井ならびに内壁はいずれもベニヤ板を張り、内部は畳敷きの居間二部屋および板の間の三部屋のほか、土間部分に玄関、炊事場、便所を設け、電気の配線設備は各室毎に取りつけ、水道は近隣の民家からビニールパイプを敷設して分水利用しており、右移築後、被告人ら親子四人ともども右建物に移住して生活の本拠となし、国有地の明渡しを求める財務局の通告を無視して引続き右建物に居住し、国(財務局)の国有地不法占拠を理由とする民事訴訟の提起、ならびに告発に伴う刑事訴追を経て、漸く昭和四三年六月一一日、被告人と国との間に昭和四四年四月末限り本件国有地を明渡すことの裁判上の和解が成立し、同年四月末頃右移築建物を収去したものである。
しかるところ、原判決は、本件バラツク建物の構造、移築の動機、移築前後の建物の規模の比較、移築の距離、両敷地がいずれも国有地であること、移築先が防火用水槽上であることなどを勘案すると、(一)本件移築は、従来の占有をその事実状態を変更して維持したに過ぎず、同一の占有状態の範囲内のできごとであり、従つて、従前の占有状態の継続であつて、新たな占有の開始ではない。(二)移築後の本件土地の占有は一時占有の域を出ていないと解しえられ、被告人が何時までも本件バラツク建物に居住する気持を有していなかつたことも合わせ考えると、急場の一時しのぎに本件移築を敢行した被告人には、不法領得の意思がなかつたと解せられ、本件全証拠によるも、右の侵奪および不法領得の意思の二点につき、これを積極に解するだけの事情は窺われないとし、被告人は結局無罪であると説示しているのであるが、その当否につき検討するに、(一)については、すでにみたごとく、被告人が従前建物を建築して占有していた国有地と本件建物移築後の占有国有地とは別の場所に所在する全然別個の土地であり、両国有地が隣接し、かつ移築距離が僅か数メートルであるにしても、移築後の国有地の占有は新たな占有に該当し、従前の国有地の占有状態の範囲内のできごとということのできないのは勿論、従前の占有の継続と解する余地もなく、前述のとおり無権原で防火用水槽埋立跡地の国有地に本件建物を移築してなす被告人の土地占有は、権利者国の占有を排除して自己の占有を設定するという侵奪行為に該るものといわねばならない。また(二)については、本件移築建物は、原判示の指摘するように、全体的にみて有り合わせの材料を用いて急場しのぎに造つた粗末なバラツク建築ではあるが、前段でみた本件建物の形状、内外部の構造、建物内部の造作設備、居住態様等を総合して観察すると、世上に見られる一般民家の簡素なバラツク建物とさしたる逕庭はなく、かろうじて雨露をしのぐに足る所謂小屋がけの程度を遙かに越えた構造の建物であり、バラツク建築とはいえ、家族四人が生活の本拠として居住する目的で造作した家屋として、一時的な物置小屋や材料置場など比較的労力を要せずして撤去しうる仮設構築物とは本質的に異なるものがあり、容易に除去しうるような仮設物と同一に論ずることはできない。さらに、本件建物の移築の経緯も、前述のごとく、被告人は土地区画整理事業施行者から提供された移転先への入居をことわり、財務局に対する本件国有地の貸与交渉も当局側の貸付拒否という強い態度に遭つて目的を達することができず、移転先のあてのない儘立退期限を間近かに迎え、無断で本件国有地に建物を移築し、しかる後再度当局側と交渉をもつ方が有利にことを運ぶことができ、右交渉が最終的に失敗に帰した場合にも、右土地に住めるだけ居坐るという配慮のもとに移築を敢行した事情にあり、一方、原審証人松田謙三の供述、(中略)によれば、被告人は本件国有地へ移築後、財務局からの数度に亘る土地明渡の催告を無視して移築建物に居住し、その敷地である本件国有地の占拠を続け、その後国が提起した国有地明渡の民事訴訟に対してもいたずらに抗争し、右訴訟の一審敗訴判決後の控訴審で行なわれた和解期日においても、一方的に三年の明渡期限を要求するなどし、漸く昭和四三年六月一一日明渡期限を昭和四四年四月末日限りとする裁判上の和解が成立し、右明渡期限の終り頃本件建物を収去してその占拠国有地を返還するに至つたことが認められ、これらの事実によれば、被告人において、移築建物を早々に撤去する意思で本件国有地に一時的に移築したものとは到底認めることができない。被告人は原審公判において、何時までも移築にかかる本件国有地に居坐る考えはなかつた旨述べ、一時的な使用意思にもとづいて本件国有地を占有したごとく供述するが、右供述は、右認定の事情に照らして到底措信することができない。以上結局のところ、被告人の移築に伴う本件国有地の占有は、原判示のいうごとく一時占有の域を出ないものと解することは困難であり、すでにみた建物移築の経緯、移築建物の構造、移築後における居住の態様、裁判上の和解による占有国有地の返還に至るまでの経過等を合わせ考えると、被告人は、所有者である国の本件土地に対する占有を継続的に奪う意思をもつて、その占有を排除したものと断ぜざるを得ない。
叙上認定の事実に徴すると、被告人の本件所為は、国の本件土地に対する占有を継続的に奪う意思をもつて、正当な権原なく本件建物を右国有地に移築することにより、国の右土地に対する占有を継続的に侵奪したものと認めるのが相当である。すると、原判決は結局において、証拠の価値判断を誤り事実を誤認した違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により直ちに判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和四二年一一月一二日広島市皆実町一丁目四番先の中国財務局長管理にかかる国有地(同町B七五ブロツク一―一ロツト七三八四、六二平方メートル)の防火用水槽埋立跡地約三〇、七四平方メートルに、自己所有の木造平屋建バラツク一棟(約一九、八二平方メートル)を隣接地より無断で移転させて移築し、もつて右国有地を侵奪したものである。
(証拠標目)(略)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、当審において、被告人の本件国有地侵奪所為は可罰的違法性を欠く行為として、不動産侵奪罪は成立しないと主張するが、すでにみたとおり、被告人の本件国有地の侵奪は、従来占有している土地の隣接土地に僅かにはみ出して占拠したという事案とは趣きを異にし、従来の占有土地と無関係に全く新たな国有地の侵奪であり、右占有土地の範囲(三〇、七四平方メートル)、期間(約一年六ヵ月)と合わせ考えると、法益侵害が軽微なものとはいい難く、また、本件建物の移築の経緯、態様等に照らし社会通念上容認される行為とも認め難いから、被告人の本件所為をもつて、所論のごとく可罰的違法性を欠如するものということはできない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法二三五条の二に該当するので、その所定刑期の範囲内において被告人を懲役一〇月に処し、諸般の情状に鑑み、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。